現在に至るまで私たちが
特定の意味を与えてきた音の集まりだ
意味とは恣意的なものだ
だから同じ言葉が
ある言語では一つのことを意味し、
別の言語では別のことを意味し、
さらに別の言語では何かもっと
違ったことを意味することもありうる
言葉にはそれ自体として
少しも意味はなく、
意味を前提条件としている
だから
「初めに言葉があった」
という主張は言葉の力をわきまえた
重要な主張ではあるけれど、
事実に関しては本当ではない
ヒンドゥー教の経典は一つではなく、
百八のウパニシャッドは…
言葉ではなく、音で始まる
それらはオームで始まる
それは言葉ではない
それは何も意味しておらず
何の意味を持たないからだ
この方がより良い深い洞察だ
「初め」には言葉ではなく、
音しかありえない
音は誰か、
それに意味を与える人がいるというとき、
言葉になることができる
しかし仏教の経典には、
物事のまさに根源にまで到達したものがある
曰く「はじめに沈黙があった」と
沈黙と音と言葉は、
全て関連がある
沈黙は太陽のように広大だ
それは音になる可能性がある
それは未だ自己を明示していない
ちょうどそれは、
ギターの弦の中に眠っている
音楽のようなものだ
音を目覚めさせるには、
誰かの指が必要だろう
沈黙とは音が眠っていることだ
だが初めには沈黙しかありえない
言葉から音、そして沈黙へ、と
洞察は深まっていく
しかし私はどの主張にも同意しない
なぜならどのような始まりであれ、
かつて在ったことはないからだ
始まりという考え方そのものが
間違っている
もし私が書いていたとしたら、
こう書いただろう
「終わりに言葉があった
次に音が、その次に沈黙が…
もし終わりというものが、あるとしたら」
もちろん初めなどなく…
どんな終わりもありようもない
しかし個人の思想家たちや
個人の光明を得た人々にとっては、
他者との関係という限りでは、
始めもあれば終わりもある
光明を得た人自身にとっては
初めだけで終わりはない
そして初めには沈黙だ
おそらくウパニシャッドは
光明の経験にあまりにも感化されすぎているようだ
あなたのマインドが消え、
永遠の沈黙という空間を後に残すとき、
始まりはある
だが自己というものには終わりはない
もちろん他人から見れば
あなたは死ぬだろう
が、
あなた自身から見れば
あなたは生きる
死とは
あなたについての、
他者の評価なのだ
彼らにとっては、
終わりに言葉があるだろう
なぜならマスターの教えは、
一つあるいはそれ以上の言葉の中に
盛り込まされせるものだからだ
だから、言葉に影響力がないと思ってはならない
普通の日常の言葉には影響力がなく、
実用性があるだけだ
しかし光明を得た人が語るとき、
言葉は実用性を持たず、
ただあなたの心を変容させる
途方もない威力を持つ
「言葉を広めなさい」と言うとき、
私が意図しているのは
何であれ私があなた方に語ってきたことを
できるだけ多くの方法で広め続けなさい
ということだ
すべてのニュースメディアを利用し、
科学技術の提供できるものをすべてを利用して、
言葉が地球の隅々まで
くまなく届くようにしなさい
そして覚えておいてほしいのは
それはどんな核兵器よりも
はるかに威力があるということだ
なぜなら
核兵器は死をもたらすだけだが…
それは力とはいえない
しかし光明を得た意識からの言葉は
あなたに、
新しい生を
再生を、
復活をもたらせる…
これこそ力だ
何かを壊すとしたら、
どんな愚か者にもできる
創造には知性が必要だ
私はあなた方のために
計り知れない可能性のある言葉を残すつもりだ
もしそれらの言葉は
ただ囁き続けられたら、
あなたは驚くだろうが
人間のハートのすべてを変えることができる
もしその言葉が
覚醒した意識から発せられたなら、
あなたの内面に達すると
それは音になる
なぜなら意味は
マインドのものだから
マインドより深いものが
意味を持たないただの音だ
しかしまだそれ以上の深みがあり
そこでは
音が沈黙の中に消えていく
真の言葉、
本物の言葉は
あなたの内にいつも沈黙を創り出す
これがその力の判断基準だ…
つまりそれは空虚ではないこと、
それは音を含み、
音は沈黙を含んでいる、
そして沈黙こそ
存在の本質なのだ
あなたは質問してる
「ただ言葉を広めるだけで充分でしょうか?」と
何をお望みかね?
爆弾を作るかね?
テロリストになるかね?
人々を殺すかね?
他に何が欲しいのだろう
いや他に何もない
覚醒した人々は
各時代を通じて言葉以上に
影響力のあるものは見出さなかった
ただそれを広めるということが
問題なのだ
しかもそれを
オウムのように広めるのではなく、
レコードのように広めるのではなく、
その身代わりとして広めるのだ
なんであれその語ることについては
そうして初めてあなたの発言は力を持つのだ
だから心配することはない
この二十五世紀の間に世界中に何人の皇帝が
存在したのだろうか?
だが、どの名前にせよ
ゴータマ・ブッダの足元にも及ばない
ただその一つの名前だけが
エベレストのようにそびえ立つ…
そのそばでは、すべてがピグミーのようだ
しかもその人の能力とは何だったのか?
彼はある単純な方法を使った以外は、
つまり彼の沈黙の音に、
そして言葉に変換する以外のことは何もしていない
あなたは言葉を聴く、
あなたの内でもまた再び同じ過程が
起こらなくてはならない
あなたはマインドによって
意味を理解する
しかし音を深部に滑り込ませる
意味はマインドにとどまる
音はハートに達する
そしてもし音も同様に
消えるのを許すなら、
そのときは
あなたは自らの存在、
すなわち沈黙に到達する
マスターの場合に起こったことが、
逆の順序で
なされなくてはならない
それは暗号の言葉だ…
あなたは解読しなくてはならない
しかもそれは、
ただ私の言うことを繰り返すという問題ではなく、
それを「生きる」という問題だ
あなたの生活がその証となるべきで、
そうすれば他に何も必要はない
人類の進化は全て
言葉によって生じてきた
個々のマスター達は世の中に、
深い意味のある言葉を残す
それはしかるべき人のもとにあるなら、
変容のための偉大なエネルギーであり続けられる
私たちがここにいるのは
誰かを殺すためでもなければ、
何かを壊すためでもない
何かを創り出すためにここにいる
そして最も本質的で、
最も重要なのは人間の意識だ
そうだ、意識の生じるとき、
多くのことはひとりでに消えていくだろう
それらを壊す必要はないだろう
これがワーク全体の
素晴らしいところだ
壊されたものは何もないのに
何千もの問題が消えていく
そして最後にたった一つ残されるのは…
永遠の経験だ
あなたでさえ、その中に消えてゆく
しかしそれを「経験」と
呼ぶことさえ正しくない
それはただ「在る」だけだ
私が説いているのは
存在に関する革命だ
Osho - 神秘家の道
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