2022年11月23日

OSHOの講話 56


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だが、

まず理解しなければならないのは、

あなたは催眠術にかけられているから、

その催眠を解くプロセスを

通り抜けなければならないということだ。

いいかね、

あなたは条件付けられているから、

その条件付けを解かなければならない。

死がやって来つつあるのだということを

覚えておきなさい。

死は今日は起らないと考えてはいけない。

死はいついかなる時でも起こりうる。

実際、

すべてのものごとはつねに今起こる。

種子は今死に、

つぼみは今花になり、

鳥は今鳴きはじめる。

すべてのものごとは

今この瞬間がもたらす空間でのみ起こる。

過去では何も起こらず、

未来では何も起こらない。

すべてのものごとは

つねに現在において起こる---

ものごとはそのようにしか起こらない。

現在が存在する唯一の時間だからだ。

過去とはあなたの記憶にすぎない。

そして未来とは

あなたの空想にすぎない。

ところがあなたは

過去に生きるよう

催眠術をかけられている。

未来に生きるよう

催眠術をかけられている。

過去か未来のどちらかを選ばせはしても、

社会は

あなたが現在に生きることは許さない。

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キリスト教徒や

ヒンドゥ教徒や

イスラム教徒たち---

彼らは過去に生きるよう

人々を条件付ける。

彼らの黄金時代は過去にあった。

共産主義者、

社会主義者、

ファシストたち---

彼らは未来に生きるよう

人々を条件付ける。

彼らの黄金時代は未来にある。

ユートピアがやって来つつある。

「革命が起れば、

 本当にいきいきと生きることができる。

 そうなったら黄金時代が訪れる。」と。

人は実在しない過去に連れてゆかれるか、

あるいは、

やはり実在しない未来に連れてゆかれる。

どの社会も現在に生きなさい、

今ここを生きなさいとは教えない。

サニヤシンであるとは、

真の探求者であるとは、

今ここを生きるということだ。

そして今ここを生きる以外に生はない。

だが、

そうするためには、

かけられた催眠を

解かなければならない。

あなたは機械ではなく、

人間にならなければならない。

あなたはもう少し

意識的にならなければならない。

あなたは意識的ではない。



私は死んでゆく男のそばに

座っていたことがある---

彼とは同じ大学の教授仲間だった。

彼は輝かしい経歴の絶頂にあった。

ところが、

そのとき彼は心臓発作に襲われた。

心臓発作はいつも

人が頂点を極めたときにやってくる。

成功の後には

つねに心臓発作がつき物だ。

成功をおさめたあと、

他に何が得られるだろう?

そこで彼は心臓発作を起して

死の床についていた。

私は彼に会いに行った。

彼は深い悲しみに沈んでいた---

誰が死を望むだろう?

彼は絶望に打ちひしがれ、

悲しみに悶えていた。

私は彼に言った。

「心配することはない。

 君は死んだりしないよ」

彼は言った。

「何を言ってるんだ?

 医者たちはだよ、

 医者たちは口をそろえて

 回復する見込みは

 まったくないと言ってるんだ。

 君は何を根拠に

 僕が死なないというのかね?」

私は言った。

「君はそもそも

 死ぬことなどできないよ。

 というのも、

 君は一度も生きたことがないからだ。

 君は死ぬための

 第一条件を満たしていない。

 この50年間、

 君は夢遊病者のように生きてきた。

 君は夢を見ていたんだ。

 君は一度も生きたことがない。

 私は君を何年も見守ってきたんだ」


彼はショックを受け、

腹を立てた---

あまりに腹を立てたので、

しばらくのあいだ

死のことなどすっかり忘れてしまった。

怒りに燃えた目で

にらみながら彼は言った。

「死んでゆく人間に向かって

 それはないだろう。

 少しは思いやりがあっても

 いいじゃないか。

 どうしてそんなに

 ひどい態度をとるんだ?

 死んでゆく相手に向かって

 大した哲学を並べるじゃないか---

 『君は一度も生きたことがない』だって。

 こんな時に

 よくそんなことを口にできるね?」

私は静かに聴いていた。

私はひと言もしゃべらず

黙っていた。


すると激しい怒りが消えて、

彼は泣き出した。

彼の目には涙があふれた。

彼は愛を込めて私の手を握ると、

こう言った。

「君が正しいのかもしれない。

 私は一度も

 生きたことがなかったんだ。

 たぶん君は不作法じゃなくて、

 真実を言っただけなんだ。

 それに私にこんなことが言えるのは

 君だけだ。」



そのあと深い感謝が湧き起こり、

しばらくのあいだ、

その顔にぱっと光がさすのが見えるほど

彼は意識的になった---

光がそこにあった。

彼の存在はオーラに包まれていた。

そして彼は「ありがとう」と言った。

その夜、彼は死んだ。

私は最後の瞬間まで彼のそばにいた。

彼は言った。

「もし君がここにいなかったら、

 私は生を取り逃がしてきたように、

 死もまた取り逃がすところだった。

 だが、私は意識して死んでゆく。

 少なくとも一つだけ嬉しいことがある---

 私は無意識のまま死んでゆくのではない。」


そして彼の死は美しかった。

彼は何も思い残さずに息を引き取った。

彼は安らかに死んでいった。

彼は「ようこそ死よ」と言わんばかりの心境で

死んでいった。

彼は感謝に満ちて死んでいった。

彼は祈りのうちに死を迎えた。

彼の次の生はきっと必ず

異なる質をおびるにちがいない。

死がそうまで美しければ、

その死はあなたに新しい生をもたらす。


osho-the secrets of secrets




posted by TARA at 11:11| Comment(0) | OSHOの講話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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