2021年11月24日

OSHOの講話 43

雨が続いて寒さがすこしずつ本格的になっています。

昨日は勤労感謝の日で大嘗祭。

このころの早朝の道はうっすら凍ってたりすることもある時期に。


我が家から車で30分くらい登ったところ

小田深山スキー場には雪が舞ってて、

今朝の風景はこんなだったそう。

1124スキー場の風景.jpg

日中の温度が上がらないはず。

冬は、雪で外出不可になることもある処に住んでいます。


いつでも・好きなところに・好きなように

好きな方法でできたらストレスフリーですが、

本当の自由さとは

全く関係がないということを

今日FBのタイムラインに上がってきた講話が

伝えてくれました^人^





自由が生の目的地だ。

自由がなかったら、

生にはいっさいの意味がない。

だが、

この「自由」は、

いかなる政治的、

社会的、経済的な自由をも

意味するものではない。

この「自由」は、

時間からの自由、

マインドからの自由、

欲望からの自由をさしている。

マインドがなくなる瞬間、

あなたは宇宙とひとつになる。

宇宙そのものと同じだけ

広大になる。

あなたと真実との間にある

障壁はマインドだ。

この障壁ゆえにあなたは、

かつて一度も

光が差したことのない、

一度も喜びが浸透したことのない

独房に監禁されている。

あなたが惨めさのなかに

生きているのは、

人がそういった小さな、

狭苦しい空間に

生きるようには

できていないからだ。

あなたの存在は、

森羅万象の

まさに究極の源泉にまで

延び拡がりたい。

あなたの存在は

大洋のようになりたいと

思いこがれているのに、

あなたは

ただの水滴になっている。

どうして

幸福でいられるだろう?

どうして

至福に満ちることが

できるだろう?

人が惨めさのなかを

生きるのは、

かれが囚われの生を

生きているからだ。

ゴータマ・ブッダはいう、

タンハー、

すなわち欲望こそ

すべての惨めさの根本原因だ、

と。

なぜなら、

欲望はマインドを

生じさせるからだ。

欲望とは

未来をつくりだすこと、

自分を未来に投影し、

明日を持ち込むことだ。

明日を持ち込めば、

今日は消え失せる。

それは

どこにも見つからなくなる。

あなたの眼は、

明日によって

曇らされてしまう。

明日を持ち込むなら、

昨日の重荷すべてを

持ち歩かなければならない。

なぜなら、

明日は昨日から

滋養をあたえられつづけて

はじめて存在できるからだ。

どの欲望も過去から生まれ、

そのひとつ一つが

未来に投影される。

過去と未来、

それがあなたの

マインド全体を

つくりあげている。

マインドを分析し、

分類したら、

そこに見いだされるのは

ただふたつのもの、


過去と未来だ。

一かけらの現在すら、

原子には

どの現在も見つからない。

ところが、

この現在こそが

ただひとつの真実、

ただひとつの実存であり、

存在する唯一のダンスだ。

マインドが

すっかり止んだそのとき、

はじめて現在が見いだされる。

過去がもはや

あなたを圧倒せず、

未来がもはや

あなたを占有しないとき、

あなたが記憶と空想から

切り離されているとき、

その瞬間、

あなたはどこにいるだろう?

あなたははだれだろう?

その瞬間、

あなたはだれでもない。

そして、

あなたがだれでもないとき、

だれもあなたを

傷つけることが出来ない。

あなたが

痛手を負うことなど

ありえない。

というのも、

自我というのは

いつでも

傷つく態勢にあるからだ。

自我はみずから求めて

痛手を負おうとしている

といってよい。

自我は

痛手を通して存在する。

惨めさと苦痛があって

はじめて

存在することができる。

あなたが

だれでもなかったら、

苦悩はありえない。

不安などありうべくもない。

あなたがだれでもなかったら、

そこにはただ

大いなる静寂、静謐があり、

内には微かな騒音すらない。

過去は去り、

未来は消滅している。

騒音をつくりだす

なにがあるだろう?

聞こえてくる沈黙は

天上のもの、

聖なるものだ。

いまはじめてあなたは、

この無心の空間において、

果てしなくつづく

永遠の祝祭に気づく。

それこそまさに

森羅万象を形作っているものだ。

人間をのぞけば、

全存在が至福に満ちている。

ただ人間だけが

その外に落ちて、

道に迷っている。

それは人間しか起らない。

なぜなら、

人間には意識があるからだ。


Osho - Dhammapada

posted by TARA at 17:28| Comment(0) | OSHOの講話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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