2024年12月31日

◆1/27◆ソロ対面セッション&出店・出張予定◆

~出会えた時空間が一期一会サロン~
   【 海岸への小径 】
タロット読み人TARAです☆彡

*こちらはTOP固定の総合infomationです。

ソロ対面セッション可能日は◎印の日。
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★1月(ウチカラ💎タロット🌟フェス
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27金 -
28土 ◎
29日 ◎
30月 ◎
31火 ◎

★2月(ウチカラ💎タロット🌟フェス
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1水 ◎
2木 ◎
3金 節分+KIN1ウチカラ💎タロット🌟フェス
  13時~ @ミュゼ灘屋さん
4土 ◎
5日 ◎
6望
7火 ◎
8水 ◎
9木 ◎
10金 ◎
11祝 ◎ 
12日 自由空間にちにち@砥部坪内家
   11時~夕方出店予定
13月 ◎
14火 ◎
15水 ◎
16木 ◎
17金 ◎
18土 ◎  
19日 ◎
20朔 ◎
21火 ◎
22水 ◎
23祝 ◎
24金 ◎
25土 ◎
26日 ◎
27月 ◎
28火 ◎

★3
1水 ◎
2木 ◎
3金 ◎
4土 ◎
5日 ◎
6月 ◎
7望 ◎
8水 ◎
9木 ◎
10金 ◎
11土 ◎ 
12日 自由空間にちにち@砥部坪内家
   11時~夕方出店予定
13月 ◎
14火 ◎
15水 ◎
16木 ◎
17金 ◎
18土 ◎  
19日 ◎
20月 ◎
21祝春分-
22望 ◎
23木 ◎
24金 ◎
25土 ◎
26日 ◎
27月 ◎
28火 ◎
29水 ◎
30木 ◎
31金 ◎

★4

1土 タロットサロン出張2days
2日 @和~nodokaさん~ 

6望 ◎
20朔 ◎
23日 丘の上の日曜市@内子菜月自然農園さん
   11時~ 出店予定
29祝


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posted by TARA at 23:27| Comment(0) | メニューやINFO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年02月01日

OSHOの講話 63


『なぜ、仏陀はブッダであって

ボーディサットヴァ(注:菩薩)ではないのでしょうか?』



まず、これら三つのことが理解されなければならない


一つは、人間のマインドの通常の状態…

あなたがこの世、此岸にしがみついていて、

彼岸は架空のものに見える状態だ

あなたは彼岸を信じることができない

あなたがあまりにも此岸にしがみついているので

唯一の問題は、

どうやって執着を解くのを助けたらいいかということだ


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サンデハ(*注:質問者のサニアスネーム)

いまはボーディサットヴァであることを

考えはじめても役に立たない

それは助けにならないし、

危険だ

それは此岸にしがみつく策略になるだけだ

あなたはまだ此岸から自由になっていない

だからこれは、

またこの世界への新しい執着の仕方になる

それは実に巧妙だ 

いまやそれは

宗教、慈悲、人々への愛、奉仕、

という美名のもとに在るようになる

それは偉大な観念となる

「私は人々を救うためにここにいる

私が彼岸へ行かないのはそのためだ」

そしてあなたは彼岸へ行きたがらない

あなたは彼岸があることを知らないし、

彼岸があることさえ信じない

いまやあなたは

極めて微妙で巧妙な罠のなかに落ちいっている


これが普通のマインドの第一段階だ

この段階のマインドは

世界に執着する

そしてますます執着するための

新たな口実をさがし続ける

その執着を解くのは非常に難しい


二番目の段階は、

ボーディサットヴァの段階…

彼岸に跳ぶ用意ができている者、

もうこの世界にはどんな根もない者の段階だ

そういう無執着の境地に達した者の段階だ


第一段階では執着を解くことが難しい

第二段階では執着することが難しい


『ダイヤモンド・スートラ』は

第二段階の人達のためにある

第一段階の人達のためのものではない


まずあなたは執着を

解かなければならない

自分の根をことごとく破壊したとき、

はじめてあなたは他者を助けることができる


さもなければ、

あなたは何の役にも立たない

あなたは何も分かち合うものをもたない

「私は人々を愛している」と

信じ続けることはできるが

あなたにはまだ愛はない

依然として、

あなたは人々が自分を愛してくれることを望んでいる

依然として、

あなたは乞食のままだ

まだ、

理由なく分かち合う喜びのために

愛を分かち合う状態には至っていない


まず第二の段階まで行きなさい

まずあなた自身を完全に

エゴのない状態にしなさい

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この世界のなかにおろした

あなたの根をみんな破壊しなさい


欲ばりにならないことだ

そのときはじめて、

仏陀の言っていることが

あなたにふさわしいものになる


それから次の問題が持ち上がる

はじめの問題はどうやって

執着を解くかということだ


次の問題はどうやって

もう少し執着するかということだ


仏陀は、

あなたにどんな根もなくなったとき、

あなたはここで必要とされる、と言う

そのときには、

あなたは分かち合う何かを持つ

そのときには、

あなたは分かち合うダイヤモンドを持つ

そのときには、

立ち去る前に分かち合いなさい

そしてできるだけ長くここにとどまりなさい

これが第二段階だ


第三段階は、すでに彼岸に到達した

ブッダの段階だ…


さて、あなたはこう訊ねている

『なぜ仏陀はブッダであって

ボーディサットヴァではないのですか?』


第三段階はさらに難しい

彼岸にいながら、

なおかつ此岸にもいるということは

最も難しいことだ


彼岸にいながら、

なおかつ人々を助け続ける

ということは最も難しいことだ

だから、

これらがその三つの難問だ


第一に、此岸に対し無執着になること

第二に、その無執着が起こったとき、

此岸にとどまること

第三に、此岸にとどまることができなくなったとき…

…なぜならなら此岸にとどまることが

不可能になる瞬間が来ているからだ

あらゆるボーディサットヴァは

ブッダにならなければならない

あなたは此岸にしがみつくことはできない

それは違法だ

あなたが立ち去らなければならない時点が来る

少しのあいだくらいなら、

執着することは可能だ

せいぜい一生のあいだくらいならね

が、それ以上は不可能だ

そうなったら、

あなたは立ち去らなければならない

一生ぐらいなら執着できる

すべての根は断ち切れられているが

あなたには肉体があるから、

その肉体のなかにとどまることができる

だから

せいぜい一生ぐらいなら執着できる

それからあなたは

立ち去らなければならない

そして、

第三の段階、

ブッダの段階が来る

ブッダとはすでに立ち去っていて、

それでもなお人々を

助け続ける人のことだ

.
だが覚えておきなさい

ボーディサットヴァであって

はじめて人々を助ける第三段階に入ることができる

さもなければ

第三段階には入れない

.
理解されるべき言葉が二つある

ひとつはアルハット(阿羅漢)、

もうひとつはボーディサットヴァ(菩薩)だ

.
アルハットとは…

実はその二つは同じ境地なのだが…

彼においては世界は断ち切られ、

もはや愛着はなく、エゴは消えている

だが彼はただちに彼岸へ行く

彼はアルハットと呼ばれる

彼は他者のことは気にかけない

彼は用意ができたら、単純に彼岸へ行く

アルハットは彼岸から救いの手を

差しのべることはできない

なぜなら彼は助け方を知らず、

これまで一度も助ける訓練をしたことがないからだ

.
ボーディサットヴァも

アルハットと同じ境地にいる

彼は知った、彼は見た

彼は真理になった

だが彼はもう少し此岸にとどまる

そしてあらんかぎりの

手段を尽くして人々を助け続ける

彼はその助ける道を学んでいる

もしあなたが

ボーディサットヴァになって

それから彼岸へ行ったら…

彼岸ではアルハットもブッダになり、

ボーディサットヴァもブッダになる

彼岸とは

ブッダフッドの岸辺だからだ

だが、

此岸でボーディサットヴァだった者は

彼岸からも助けることができる

彼はさまざまな道や

手段を見つけ出す

仏陀は何世紀にもわたって

助け続けている

いまでも、

あなたが仏陀に心を開けば

その助けはあなたにやって来る

いまでも、

情熱をこめて仏陀を愛すれば

その助けはあなたにやって来る


彼はいまなお彼岸から呼んでいる

だがその彼岸からの呼びかけは

あまりにも遠い

あなたはきわめて注意深く、

耳を傾けなければならない

私に耳を傾けるよりはるかに

注意深くあらねばならない

なぜなら、その声は

「彼(か)の岸辺」からやって来るからだ


遅かれ早かれ、私も行く

もし私を注意深く耳を傾けるすべを学んだら、

あなた方の多くは彼岸にいる私を

聴くことができる


ブッダは意識の究極の状態だ

ボーディサットヴァフッドを通過したら、

あなたはこの世に対し、

ひらいていられる

あなたは永遠に神への窓になる

.
もしボーディサットヴァフッドを通過しなかったら、

あなたは

『無限』のなかに消えはするが、

あなたに助けられる人は

誰ひとりいない


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posted by TARA at 13:35| Comment(0) | OSHOの講話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年01月27日

OSHOの講話 62


愛はあなたを真実にする。

それがなければ、

あなたは

実体のない幻想のままで、

夢のままでいることだろう。


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愛はあなたに実体を与える。

愛はあなたに統合を与える。

愛はあなたに中心を与える。


しかしそれは

旅の半分に過ぎない。


あとの半分は

瞑想の中で、

気づきの中で

完結されなければならない。


でも

愛はもう片方の

半分を準備してくれる。

愛は最初の半分で、

気づきが後の半分だ。


それに伴う痛みを受け入れて、

それを通り抜けていきなさい。


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そうだ。

それは傷つける。


しかしあなたが

愛のうちにあれば、

なんということはない。

実際には、

そのどの傷も

あなたを強くしてくれる。

ときには

あなたをものすごく、

酷く傷つけることもある。


しかし

そのどの傷も

あなたを挑発するのに、

あなたの真価を問うのに、

あなたの居眠りを壊すのに

必要なものだ。


それらの危険な状況はどれも、

あなたを油断無くするために

必要なものだ。


愛は地面を整え、

愛の土壌の中で

瞑想の種が成長できる。


そして、

愛の土壌でしかそれは起こらない。

だから恐怖により

この世間から逃げだす者は、

瞑想に到達することはない。

彼らは何生にも渡って

ヒマラヤの洞窟に

座り続けることはできても、

瞑想に到達することはない。

それは不可能なことだ。

彼らはそれを

稼ぎ取った訳ではないからだ。


先ずそれは、

世間で稼ぎ取る必要がある。

先ず彼らは

土壌を整える必要がある。


そして愛だけが、

土壌を整える。

だから私は、

私のサニヤシンに

世間を捨てないように

要求するのだ。


その代わり世間の中にいて、

その挑戦を受け入れ、

その危険性を、

その苦痛を、

その傷の痛みを受け入れなさい。

それを通っていきなさい。

それを避けてはいけない。

近道などないのだから、

それを見つけようとしてはいけない。

それは苦闘だし、

骨が折れるし、

困難な仕事だ。

しかし

人はそのようにして頂上に到る。

そうすれば、

ヘリコプターで

頂上に降り立つより喜びは増す。

はるかに多くなる。


何故なら、

ヘリコプターの場合

成長しないうちに

到着することになるからだ。

あなたはそれを

楽しめないだろう。

その違いを考えてみなさい。

あなたは大変な思いをして

エヴェレストに達する。

とても危険だ。

途中で死んでしまいかねないし、

決して頂上に到達しないことは

大いにありえる。

無謀で危険だ。

足を踏み出す毎に

死が待ち構えており、

とても多くの罠がある。

成功するよりも

はるかに多くの

失敗の可能性がある。

あなたが到達する可能性は

百に一つしかない。


しかし、

あなたが頂上に近づくにつれて

大きな喜びが生まれる。

あなたの魂は高く舞い上がる。

あなたがそれを勝ち取ったのだ。

それはただではなかった。

あなたが払ったものが大きいほど、

その喜びは大きい。


考えてみなさい。

あなたは頂上に

ヘリコプターで

連れて行ってもらうこともできる。

あなたは頂上に立つが、

ちょっと愚かで

バカみたいだと思う。

自分はここで何をしているのか、

と。


5分以内に

あなたの関心は終わってしまい、

こう言うだろう。

「わたしは見終わった。

 ここには大したものはない」

と。


旅がゴールを創り出す。

ゴールは旅の先に

はじめから座っているのではない。

旅が、

その歩みの一歩ごとに

ゴールを創る。



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旅がゴールなのだ。


旅とゴールは別れてはない。


それは二つののものではない。


目的と手段は

二つのものではない。


目的地は、

道のすべての場所に渡って

分散している。

全ての手段が

その内に目的地を含んでいる。


だから、

どんな生きる機会も

逃してはならない。


生き生きする機会を、

責任を負う機会を、

引き受ける機会を、

全面的に関わり合う機会を、

逃してはならない。


臆病になってはいけない。


生に直面しなさい。


それに出会いなさい。


そうすれば、

次第にあなたの内側の

何かが結晶化してくる。


・・・


しかし、

人はそれを

稼ぎ取らなければならない。


繰り返させてほしい:

人生では、

何もただで得ることはできない。

もしただで得たなら、

それは役に立たない。

あなたは支払わなければならない。

そして支払いが多ければ多いほど、

あなたは

それから多くを

受け取ることができる。


もしあなたが

愛に全ての人生を掛ける

リスクをとれるなら、

あなたが得るものは

すばらしいものになるだろう。


愛はあなた自身を

あなたに送り返してくる。


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それはあなたに

瞑想の影を見せてくれるだろう。

瞑想の最初の一瞥が

愛のうちに起こる。


すると、

あなたの中に

その一瞥を実現したいという

大きな望みが生まれる。

単に一瞥ではなく、

あなたがその状態に

永遠に生きることができるような

そんな状態を実現したいという望み。


愛はあなたに

瞑想の味を教えてくれる。

愛におけるオーガスムの経験は、

サマディーの、

エクスタシーの最初の経験だ。


それはあなたに

もっと渇きを与える。

今やあなたは

何が可能かを知り、

もうありふれたものでは

満足できない。


聖なるものがあなたを貫き、

聖なるものが

あなたのハートに届いた。


神があなたのハートに触れ、

あなたはその感触を感じた。


今やあなたは

その瞬間を永遠に生きたい。

あなたはその瞬間が

人生全体になってほしい。


それは確かにそうなる。

そうならなければ、

人は満足できない。


愛は一方では

あなたに

大きな喜びをもたらし、

一方では

永遠の喜びに対する

渇きをもたらす。



Osho - The Secret of Secrets


posted by TARA at 12:36| Comment(0) | OSHOの講話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする